世紀越え・ミレニアム研究1

マイ・ミレニアム


1.身近になったミレニアム

 1999年秋以降になって急にミレニアムという言葉が世間を賑わすようになってきました。日本では数年前にはほとんど使われていなかったこの言葉が急に身近になったのです。日本人が西暦を用いてすでに100年程になりますが、世紀越え・ミレニアムは一般にはまだまだピンとこないというのが本音ではないでしょうか。特に、ミレニアムはキリスト教における千年王国思想であり日本人にはよくわかりません。そのミレニアムにちなんだ商品が続々と発売され、ミレニアムイベントの計画が次々と発表され始めたから困惑するのも当然でしょう。そこで、この1000年に一度のミレニアムを生活者としてどのように楽しむかを考えてみました。ミレニアムをどう過ごすかは各人の気持ち一つで決まります。世界中で盛り上がりをみせる1000年に一度のミレニアムを一緒になって祝うのも決して悪くはないでしょう。

2.世紀の変わり目、千年紀の変わり目

私が主宰するピース2000倶楽部(世紀越え・ミレニアムビジネスを考える異業種交流サークル)が活動を始めた1996年頃で、日本では様々なスキャンダルが連日のようにニュースとなっていました。そしてそれが、2001年中央省庁再編や金融ビックバンなどの21世紀の新しい日本をつくろうという動きを本格化させていました。また、様々な分野で20世紀を統括し21世紀を展望する企画がでてきてもいました。そこで、ピース2000倶楽部ではこれらの動きを”世紀末”ではなく”世紀越え”として捉え、世紀越えを「20世紀から21世紀へ、第2ミレニアムから第3ミレニアムへの時代の架け橋としての目的を持った国内外の全ての社会経済現象もしくは時期」と定義して、馴染みのないミレニアムを千年に一度の”大世紀越え”と呼んで世紀越え・ミレニアム事業の意義について啓発活動を進めてきたもです。世紀の変わり目・千年紀の変わり目は、意識するしないにかかわらず時代の大きな区切りとなっていることに着目したのです。そして、ミレニアムは世の中が大きく変化して自分を見失いそうな時代に、自分のおかれている状況がどのようなものであるのかを考え、確認し、調整するきっかけになると考えました。いわば、弦楽器をずっと弾いているとチューニングをする必要が生じるように、社会経済構造が時代とともに少しずつずれてしまいチューニングする必要が生じていて、それをチューニングするきっかけとして世紀越え・ミレニアムが用意されているとしたのです。

3.誰にでも訪れるミレニアム

また、ミレニアムは誰にでも平等にやってくるものです。限られた選手だけが主役となるオリンピックはテレビ中継のスイッチを切ればそれでおしまいです。残念ながらテレビを見ていた仲間だけでオリンピックを続けることはできません。しかし、ミレニアムはテレビ中継のスイッチを切っても、気の合った仲間達とミレニアムパーティーを続けることができます。ミレニアムでは誰もが主役になることができ、ミレニアムは基本的に自分自身のもので、いってみればマイ・ミレニアムです。したがって、その歴史的瞬間の過ごし方も、家族と自宅でテレビを見る、仲間と登山をする、恋人とニューヨークでカウントダウンに参加する、いつものように仕事をする、一人で南極に行くなど、自分で自分にあった迎え方ができるのです。ミレニアムの主役は誰かではなく自分自身なのです。

4.マイ・ミレニアムを楽しもう

 マイ・ミレニアムです。主役は自分自身であるならミレニアムは自分らしく過ごしたいものです。しかし、だからといってこもっていては広がりがないし、人類が初めて1000年に一度のミレニアムを一緒になってカウントダウンなどをし、共通の意識で迎えるミレニアム体験の意味もなような気がします。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、そしてインターネットなど、様々なメディアを利用して地球の一員である自分自身を実感したいものです。誰とどこでミレニアムを迎えようか。そしてミレニアムイヤーをどう楽しもうか。一生の想い出づくりをするのは自分自身です。人類の一員としてマイ・ミレニアムを楽しみましょう。

 


  (C)Copyright  for 株式会社ジムービー All rights rserved (本調査研究の無断転載を禁ずる。)

「ミレニアム研究目次」に戻る    「ピース2000倶楽部」へ戻る